人は誰でも誰かの代表だということ
最近英会話を再開した。日常会話は問題ないものの、英語で議論になったときに、自分の本当に言いたいことが素早く言えないのが、もどかしかったので。
そこで、最近習ったのが、“Japanese women are underrepresented.”という一文。日本の女性は過小評価されている、というような意味合いなのだけど、逆に、Representは、代表する、という意味になる。
この時、頭の中で(日本語で)考えたのは、いったい私は、一人の個として公の前に立つ場合、誰の代表なんだろう?ということ。日本の女性の代表であり、母親の代表でもあり、経営者の代表でもあり、おそらく今の仕事よりもよりやりたい仕事を描きながら今の仕事をしている人の代表ともなりうる。
誰の代表なのか。私は既に子どもではないけれど、子どもにとって信頼される大人の代表でありたいし、子どもの気持ちを持ち続ける大人の代表でありたい。大いなる権威に屈したくないと思っている人々の代表でありたいし、素直に物言いができる人々の代表でありたい。芸術をもっと素直に毎日人々の心に届ける努力をしている人々の代表でありたい。
そんな風に自分を捉え直してみるということは、多くの人々の顔をより良く想像することができるという意味において、生きることに張り合いが出て、とてもよいと感じている。