何がしたいかわからない時に読み書きするもの

人生って何、自分は何がしたいんだっけ、あれ、仕事って何のためにするんだっけ、って思った時に読み書きする文章

とにかく明るい安村、の芸名が好き

とにかく明るい安村」さん。一時前にブレイクしたけれど。

まぁ本当にくだらない芸だけど、笑っちゃうような。

私はこの人の、芸名が好き。

とにかく明るい○○、て、ついつい言いたくなっちゃうし。

名が体を表す、ということで、本当にとにかく明るいなぁ、という風に思う。

とにかく明るい○○ですっていうだけで、元気になっちゃう気がする。

 

最近、コロナウィルスの件で暗いニュースもあるけれど。

とにかく明るい警察、的なスペインのニュース

 とにかく明るいお迎え、的なイタリアのニュース

 もちろん、とにかく明るい、なんて言っていられない状況もあるみたいだけれど。。。

www.madamin2.me

でも、こんな時だからこそ、とにかく明るい、という気持ちを持って、過ごしていきたい。

日本は元々、とにかく明るい、という自覚は全然ないけれど。あえて、とにかく明るい日本、とにかく明るい日本人、というキャッチコピーを使ってみてもよいかもしれない。

 

ぺこぱ松陰寺さんが、教えてくれたこと

Youtubeのカジサックチャンネルをよく見るようになったのだが。キンコンの梶原さん、Youtuberになって、すごく人間味が見えて、いいなぁ、と素直に思って観ている。

その中で、ぺこぱとコラボしている回があった。

ぺこぱ、M-1でそのツッコミがおもろー、と思ったので、普通に観ていたのですけれど。(しかし動画も本当に面白い)

その中で、松陰寺さんの一言が、ずどんと来た。

「今本当にありがたくもらっている仕事が、たまたま続いているだけだって認識をずっと持とう」

前にも一度優勝経験がある中、ブレイク、ということのはかなさを身をもって知っているから、という流れからの話だった。

「目の前の仕事を、一個一個着実にやっていくだけ」

すごいなぁと。ずどん、と。

自分のやりたいことを一歩一歩やることは、その結果があまり見えないと、怖くなることもある。ただ逆に、結果が出ていても、自分のやりたいことを一歩一歩着実にやっていく、ということも実は難しいことなのかもしれない。

松陰寺さんに、面白さだけでなく、結果の有無や良い悪いに左右されずに、目の前のことを、一個一個着実にやっていくことの重要性を教えてもらった。

ぺこぱ、これからも応援したい。

 

「千鳥の相席食堂」で、拡がることのジレンマを知る

千鳥の相席食堂が好きで好きで。そもそも千鳥さんが好きなのだが。この番組が、とりわけ好きである。俳優さんや芸人さん、いろいろな芸能人の方が、一人(二人の時もまれにある)で各地のロケに出かけ、地元の人と相席していくVTRに、千鳥がスタジオでツッコミまくる、という番組である。

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千鳥の相席食堂

ボケたりしない、素朴というか天然な感じの芸能人の人がロケに出て、「ちょっと待てぃ」的な瞬間が出てくると、千鳥さんが「ちょっと待てぃ」ボタンを押して、VTRを止めてくれる。そしてスタジオで、笑いを膨らましてくれる。その感じがとても、面白いのである。(個人的にはTRFのDJ、KOOさんが、大悟さんの地元に行った回がとても好き)

前に、Prime会員が切れそうになった時に、相席食堂の新しい回がプライムビデオにアップされていて。Amazonの戦略か知らないけれど、まんまと更新してしまったくらいである。

chikaochiai.hatenablog.com

それで、その相席食堂。2018年1月から最初は日曜の25分枠で、放送を開始。その後、2019年の4月から、火曜の1時間枠、ナイトinナイトと呼ばれる、ABCテレビではバラエティの冠的?な時間にうつっている。

要は、番組の人気も出て、出世したのである。喜ばしいことだし、番組時間が延びることも、普通にファンとして考えると、とても嬉しいことだ。

ところが。

60分枠になってから、明らかに、何かが変わった。と、感じている。最近ちょっと盛り返した感もあるけれど。

第一に、後半の枠に、元々のロケではない、若手芸人による企画が入る回がある。これが、とてもつまらない。面白い時もあるけれど、結構つまらない。なぜこういう仕立てになってしまうのか、わからない。。。芸人を育てる枠なのか??下品で粗暴な時もあり、菊池桃子さんがロケに行ったりしている回の面白さ・ほのぼのさとは、雲泥の差がある。相席食堂、素朴で、人を傷つけない感じのところが、とても面白かったのに、、、コンセプトがぶれてしまっているとしか、言いようがない。

第二に、ロケに行く芸能人が変わった。気がする。実際はそこまで変わっていないのかもしれないけれど。竹中直人さんとか、正直あまり面白くなかった(し、ロケ自体が短い)。なんかこう、相席食堂は、出てくる芸能人も、具志堅さんとか、長州力さんとか、普段ロケに行かない方の魅力が存分に発揮される、コアな感じがして、好きだったのである。

この変化で思ったこと。

小さく、インディーズで売れているときに美しく見えたものが、メインストリームになると、その美しさが消えるということは、やはりよく起きるということ。拡がることによる、悲しさである。

それにはたぶん、拡がっていく時に、より色々な人が関わるようになり、それまでのクリエイターの人たちの想いが希釈されることが起きるから。色々、利害とかが出てくるのではないかなと。

TV番組でも映画でも、特に多くの人が関わらないとできない作品は、拡がっていくほど、その希釈リスクも高い。でも、より多くの人に届けるためには、拡がっていかないといけない。そこに常に、本当に伝えたかったことが薄まるという、ジレンマが生じてくるのだろうなと思った。

千鳥の相席食堂で、制作側の切ない想いと、拡がっていくときのジレンマを、なんだか感じたのである。これからも、千鳥の相席食堂のコアとして感じていた輝きときらめきを、いつまでも維持していってほしいと、一ファンとして、願うのである。

ちゃんと、生活をしたい。

仕事が忙しすぎると、ちゃんとご飯を作らない。これ、やめたい。

まず、ちゃんと生活したい。生きたい。ご飯を作って、ちゃんと、ゆっくり食べたい。

子どもと時間を過ごしたい。

それができなくなるような仕事なら、したくない。

仕事やお金が目的じゃない。

ちゃんと、生きることが目的。そのために生きている。

ご飯を作る、食べる、寝る、遊ぶ。

そういう当たり前のことを、当たり前にして、生きてゆく。そうやって生きて、笑って死にたい。

赤ちゃんとして生まれて、赤ちゃんになりたいと思って死んでゆくのかもしれない

0歳の子どもを毎日見ていて思うのは。

赤ちゃんになりたい、ということである。

うらやましい。純朴で、素直で、豊かで、一生懸命。

今32歳だが。こんなにも赤ちゃんになりたいと思うものなのか。

人間はもしや、赤ちゃんとして生まれ、赤ちゃんになりたいと思って死んでゆくのではないかと思うくらい。

汚れなき状態で生まれ、汚れ、そして汚れを落としながら純粋に死んでゆく。

赤ちゃんに、なりたい。

これからまだ人生長いだろうが、汚れを落としながら、日々を送り、赤さまとして、死んでゆきたいものである。

成長する人は、批判を受け入れられる人

年度末の仕事が佳境に入っている。多様なクライアントと最終的なやりとりをさせていただいるが。ここで、お互いに批判を受け入れられるかどうかが、すごく大事なポイントだなと思うことがある。

批判を受け入れようとしなければ、人は変わらない。変わるためには、自分とは違う人やモノに出会い、知り、考える必要がある。

一方的に相手をやっかんでの批判はあれなのでここでは特にとりあげないが、批判を取捨選択した上で受け入れられることが重要だと考える。

例えば、クライアントに対してこうしたほうが良いとか、こういう部分が課題ですよ、ということは多々ある。それを聞かない、聞いても受け入れようとしない。それはイコール今の自分を変えたことがない、変えたくない、ということなのだと思う。逆もまた然り。

自分を貫くのを大事なこともあるけれど。側から見てもっとこうしたほうがよいよ、という意見は、率直に聞いたほうがよいと思う。それは、自分では思いつくことのできないイノベーションの種だから。みすみす聞き流すのはもったいない。

地方創生で、よそもの、ばかもの、わかもの(順不同)を受け入れるのが大事、と聞くが、これはまさに変わらなくなった地方の持たない視点を、受け入れるために必要な人たちなのだと思う。

ちょっと辛いと思うこともあるが。自ら、批判的に率直な意見を述べてくれそうな人に、どんどん意見をもらってゆこうと思うこの頃である。