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何がしたいかわからない時に読み書きするもの

人生って何、自分は何がしたいんだっけ、あれ、仕事って何のためにするんだっけ、って思った時に読み書きする文章

社会的インパクトとは、社会的インパクト評価とは、そして「芸術・文化」領域に関して思うこと①

 この1週間、様々な団体のお話を聞いてそのロジックモデルを書く、という仕事をしていました。"ロジックモデル"とは、各団体そのものやその事業の波及効果、社会へもたらす変化を、何をして、何が起きているかを、「インプット、アクティビティ、アウトプット、アウトカム(初期・中期アウトカム)、インパクト(最終アウトカム)」の流れで論理的に追えるモデルのことです。例えば最近では、日本の社会的インパクト評価を推進しているプラットフォームから、若者就労分野に関するロジックモデルが公開されています(参考:社会的インパクト評価イニシアチブ)。各団体がロジックモデルを作成することで、各団体の運営改善、キャパシティビルディングにつながる、というメリットが挙げられます。そしてその先にある「何を指標としてどう評価するのか」というところに論理的につなげることができます。

社会的インパクト評価とは | 社会的インパクト評価イニシアチブ

 この概念はもちろんNPOの成果の可視化のニーズから注目されてもいますが、2008年のサブプライムローン金融危機の後から、ビジネスの領域においてもESG投資を含め、非財務指標が注目されており、今後益々広く重要性が増すと考えられています。

 団体ヒアリング(NPO向け、資金提供者(財団や企業)向け)を行う中で、気付いたことがあるので、メモとして残しておきます。

 気づいたことは、「ロジックモデルはミッション・ビジョン明確化のためにも、組織運営の意味で整理できていて然るべきもの」ということと、「その先にある指標の設定と測定は、一定程度必要だが厳密さや指標の数は各関係者のニーズに依存する、そしてインパクトを可視化する上では(必要)十分条件であるが、組織を理解する上では必要条件でも十分条件でもない」ということです。前者のロジックモデルを論理立てて書けるということは、各企業でいうところの設立趣意書があって、何らかのフレームワークを用いて(マッキンゼーの7S等)組織・事業をきちんと整理できているかどうか、と似ています。それが論理的に整理できいればいるほど、マネジメント、事業はきちんと回るものです。反対に、それをやっていないかといって、組織・運営基盤がきちんとしていないわけではない。論理的に整理できれば、イコール組織・運営基盤が強いという証明にもなるということです。ですので、どんなフレームワークでもいい。ロジックモデルがしっくりこなければ別のフレームワーク(例えばThery of change等)を利用すればいいと思います。論理的に事業とインパクトがつながっていて説明できればよいということです。そして後者の「指標を設定して測定する」という話ですが、成果の可視化のため、いくつかの指標を設定しておくことは重要だと思います。説明責任を問われた時にも非常にわかりやすい。企業でいうところのP/L、B/Sちゃんとしていますか、売り上げ目標ありますか、顧客満足度等、そんなところだと思います。ただ、全てのアウトカムに対していくつもの指標を設けることや、対象者や関係者に負担になる測定方法(多大なアンケート等)は関係者の意向によってやるべきかどうかを判断すればよいのだと思います。ここは結局誰のために評価をするのか、という問いで最終形態をイメージする必要があると思います。

 加えて、何より興味深かったのは、「最終的に団体に会わなければ社会的インパクトを目指しているのか、起こせそうかどうかはわからない」という感覚です。団体内のビジョンの共有や運営改善のためならば団体内の議論によるロジックモデルの作成(+指標測定)だけでよいと思います。ただ、それを用いて資金提供者や寄付者に対して説明する、助成金補助金を申請するための資料として用いる、行政に報告資料として提出する、となると、それだけでは十分ではないのです。異なる2団体が似たようなロジックモデルを書くこともあり、しかしその2団体の印象は非常に異なるのです。ここをうまく差別化できるかと問われると、紙面上ではとても難しい。これは社会的インパクト投資を実施する時にも重要な論点だと思います。何を社会的インパクト投資と呼ぶかによっても議論がずれてしまうのですが、いわゆる「社会的インパクトを本当に目指す投資」、ひいては資金提供(助成・融資等含む)においては、シード期のスタートアップへのベンチャー投資にも似た「経営者・組織の哲学」を尊重するような、非常に丁寧なDue deligenceが必要だということです。公的資金をまとまって提供するようなものの場合、ある程度決まったフレームワークでの各評価が必要だとは思いますが、真正に「社会的インパクトがある」かどうか判断するのであれば、単純にフレームワークを見て、というのはなかなか難しい。そして測定された指標のみを見て、紙・データベースで判断するのは困難を極めると思います(そこにある指標がどれだけうまく設定できているかだと思いますが、その測定方法も統一されないため、どこまで透明性を担保できるかなど、議論は残ります)。

 ここで私が主張したいのは、丁寧なDue deligenceとはDialogueの必要性を包摂しているということです。経営者・組織・関係者、彼らの目指す「社会的インパクト」とは何か、どれだけそこに意志があるのか、そういったことは、会わずして、話さずして、感じること、理解することはほぼ不可能だと思います。それは、我々が何によって心を動かされるのか、生きている意味を感じるのか、ということともつながります。「社会的インパクト」を起こすには、中心となる人々、組織がどれだけそこに"Engage"できているかということが重要です。その求心力がなければ、多くの人々を巻き込んで成り立つ「社会的なインパクト」は到達できるものではありません。そしてこの"Engagement"の強さは、ロジックモデルや指標測定、紙やデータベースではわからないものだと思っています。例えばそれは、爆発的な絵画を批評した文章を読んだり受賞数をカウントするだけでは、その絵画の爆発性を感じることができないように、例えばそれは、華麗なサッカー選手のプレーを書き下した文章で読んだり、得点数だけで判断できないように。あくまでそのものに触れることによって実感できるのだと思います。我々は心を文字通り動かされ、感動し、そうして初めて自分の意志で選択して行動することができます。「社会的インパクト」を志向しているのか、実現できるのか(つまり、持続可能な世界を実現するために解決すべき社会的課題があり、解決を実現できるのか)を判断するのには、紙やデータベースの仕組み・枠組みだけではなく、確実にそのものに触れる、Dialogueのプロセスが必要だと、私は感じています。

 この文章のタイトルにさらに「芸術・文化」領域に関して思うこと、とつけていますが、"Engagement"の考えは、Claire CunninghamというDancer/ Choreographerから得た発想であり、評価に関してかなりつながる部分があると思ったからです。でも文章が大変長くなりましたので、この辺で一度終了にして、第2部としてまた書きます。